G・スタイナー『アンティゴネーの変貌』のレジュメ②ヘーゲルの『アンティゴネー』受容ヘーゲルの『アンティゴネー』受容:初期思考から『精神現象学』へヘーゲル哲学の変遷と『アンティゴネー』解釈ヘーゲルは、最初は『オイディプス』(垂直関係)中心から『アンティゴネー』(水平関係②対立)中心にただし、『アンティゴネー』の革新性に注目しつつも、均衡(クレオン−アンティゴネー)に注目(絶対精神による綜合へ)ヘーゲル(形而上学論理学心理学を包括的に含む)——ギリシャ悲劇『アンテイゴネー』※自己に対立して思考する劇化(ドラマ)※論争と対立を本質的に内在させる行為(精神)※ポリスを理想化(ギリシャ的調和)国家(母)—思惟された全体宗教(乳母)—想像によって表象された現前する生きた実体(矛盾に気づく)ギリシャ悲劇————ユダヤ教アブラハム(祖国同胞自然からの離脱)アイスキュロス(法罰則)モイラ(運命の重要性)を説く対立こそ均衡と維持※(国民国家——個人)の関係:1800年から1806年——ナポレオンの一時プロシア解体という出来事ギリシャ悲劇→弁証法的統一への思考過程(ただし、ポリスの内部分裂対立——自由である領域を認める(国家——家族再生産)の関係国民国家——家族(炉辺オイコス)——個人(私人)の関係を探究『精神現象学』——『アンティゴネー』個人(自己意識)実存的倫理的実体内在存在〈分裂と破滅〉——歴史の彼岸として※「可能態の夜から現前の昼間へ」→個人(行動現出会い実態)へ国家——法偶然にして疎遠な恣意的構成物とみなすだが、超越的な存在(絶対精神)による綜合※[絶対精神超越的存在]→(綜合)国民国家←/(家族)——個人(自己意識内在存在)分裂闘争の場『アンティゴネー』についてのヘーゲル的解釈倫理的実体が今や人間環境のうちに内在している(社会−人間/生者−死者/超越的存在−内在存在)国家(政治的価値行動)——家族(存在的価値在ること再生産と死——個人)クレオン:国家(ポリス)政治的価値男の世界アンティゴネー:家族(炉辺オイコス)個人存在論的価値女の世界地下(存在→死)の世界兄(ポリュネイケス)と妹(アンティゴネー)は、水平関係でしかもエロスなしで、選択的存在論的な関係であるただ、両者は男女の違いあり、兄はポリスへ(戦争)前線、妹は家政(炉辺)銃後兄が「人の法」を犯し死んだとき、政治的価値の男であるよりもすでに存在として家政のもとに帰還してしかるべきはず家政の場は、女の取り仕切る場よって、アンティゴネーは、ここで闘争を開始※悪法も法なり(ソクラテス)とアンティゴネーの思考の比較母方の叔父であり、王であるクレオンとしては、たとえ死んでも(政治的価値を失い存在となっても)、政治的軍事的象徴的な事例(敵対者)として、単なる死者存在となった者としての家政への帰還を許さない※ここでちょと考えてみたい(以下の位相があることに気づかされる)(男の世界)ポリスの世界政治的価値ポリス的価値を遵守するクレオン的存在/同じく政治的な価値に敵対するポリュネイケス個人の存在的価値に基づきながらポリス的な価値に基づいて哲学を説くソフィスト/個人の存在的価値に基づきながら反ポリス的な価値(イロニー)に基づいて哲学説くソクラテス(女の世界)家政の世界ポリス的価値にのっとらず、あくまでも存在的価値に基づきながら家政を(地下死を含めて)取り仕切るアンティゴネーソクラテスは最終的には、ポリスの法を「悪法」と呼びながらそれに従って逃走せずほぼそれに殉じたしかし、アンティゴネーは、ポリスの法にのっとらず、「家政の法」「存在と死」の法にのっとって肯んじえず抵抗へーゲルの結論クレオンとアンティゴネーはどこまでも「均衡」(解決不可能)←ただし、絶対精神(綜合)ドイツロマン派クレオン(犯罪的AWシュレーゲル)/アンティゴネー(神の業Fシュレーゲル)